公詢社ブログ 葬儀屋のつぶやき

その他

2018.12.09

本格的な冬

 

3・4日前の暖かさが嘘のように、冬の寒さが到来・・・

急な温度の変化に体調管理も大変です。

私も現在鼻づまり、その為口呼吸、喉が乾燥の

負のスパイラルに陥っています。

のど飴は必須!マスクも勿論。

手洗い、うがいも必ずしています。

しかし、本格的な寒さはこれからです。

皆さん、体調管理には十分気を付けていきましょう。

2018.12.02

12月

 

今年も残りあと1か月になりました。

月日の過ぎゆく速さを感じずにはいられません。

平成最後の12月。

そして残り少ない平成を全力で駆け抜けたいと思います。

2018.11.26

香の由来

 

香は普通香木と錬香に分けられます。

香は仏教伝来とともに日本に伝わりましたが、元来古代民族の間では

儀礼の一つとして、香を焚き不浄を払い神を祭る風習がありました。

古代のスキタイ人でも大麻の種子を焼けた石に投げ入れ、その煙を浴びて

不浄を払った記録があり、日本で寺院などで線香の煙を悪霊のために生じたとされる

身体の欠陥のある箇所に浴びせる風習が見られます。

特に、仏教では香を焚き悪気を払い、身心を清浄するものとして重要な位置を占め、

仏像・仏具にも香木が多く用いられてます。

経文にも「花を撒き香を焚いて仏を迎える」などの記述があり、

香は仏や聖僧などを迎える為とされ、仏の使いでもあるとされています。

2018.11.13

神様の性格?!

神様を性格で分類すると、和魂(にぎみたま:和御霊とも書く)と

荒魂(あらたま:荒御霊)になります

和魂は神様のおやさしい温和な霊力を指し、荒魂は勇猛さの反面、

粗野で時には人に祟りを及ぼすような霊力であり、神の「怒り」を表して 

いるとも言われています。

和魂は、さらに人に幸福をもたらす幸魂(さきみたま)と人に霊力などを与える

奇魂(くしみたま)に分類されます。

和魂と荒魂は、元来一つの神の2つの側面を表したものです。

後に荒魂の霊力をもつ神が祀られるようにもなりました。

元々神道は太陽などの自然を神と仰ぎ、自然現象などにその霊力を

感じ取ってきました。

自然は日々の恵みをもたらしてくれると共に、時に風水害、落雷、地震など

大規模な災害をもたらします。

そのような自然の姿が、古代の人々の神への信仰に大きな影響を与えたのでは

ないでしょうか?

人々に不利益を与える面も、荒魂としてお祀りしたのは、厳しい自然現象からも

神のパワーを感じたからではないでしょうか。

和魂と荒魂の祭祀は、神や自然への感謝と恐れの気持ちと共にそれらへの

深い洞察を示しています。

2018.11.12

数珠

 

珠には、木の実・水晶・真珠・金・銀・さんご・香木などがありますが、

特にボダイジュの種と水晶を功徳(くどく)の高いものとして重んじています。

儀式用として特色あるものには、密教で用いる装束数珠、

浄土宗の環貫数珠、修験調のものが無難とされていますが、

僧以外は無用に持つことはありません。

尚、キリスト教で用いられる数珠はロザリオと言われ、

イスラム教にも類似のものがあります。

【功徳】

①良い果報をもたらす基となる善行

②善行の結果として与えられる神仏の恵み

【ロザリオ】

カトリックの用語で、「ロザリオの祈り」の際に用いる数珠をリザリオという。

ロザリオとは、バラ園を意味するラテン語のrosariumからきた言葉です。

キリストと聖母マリアの「喜びは五玄義(奥義)」「苦しみの五玄義」

「栄えの五玄義」を黙想しながら聖母のとりなしで神に祈願するために、

天使祝詞150回を唱えることをロザリオの祈りと言います。

2018.11.08

霊柩車

 

かつて、お弔いの徒歩行列というものがありました。

ご遺族がご遺体を担いで歩いて運び、会葬者もまたその後をついて行く

そんな時代がありました。

さらに、裕福な家庭の葬列では特別な輿(こし)をこしらえました。

輿の中に棺をおき、それを担いで運んでいました。

輿を自動車に固定させ、賑やかに飾りつければ宮型になり、その賑やかな

飾りが柩車とのつながりになっています。

1910年代後半に、歩行行列が自動車に変わりました。

理由は明白で、都市への人口集中により、市街地が拡大。

都市の膨張により火葬場が外へ外へと移っていき、必然的に家から

火葬場までの距離が長くなったためです。

自動車が葬送に使われるようになりました。

しかし、これに対して抵抗も強かったようです。

それは、ご遺族が亡き人を丁重に運んでいくという民族慣習があり、

ご遺体を貨物かのように車で運搬してしまう。このような保守的な心理が

受け入れられなかったそうです。

この互いに矛盾する二つの方向性に折り合いをつける手立てはないものか?

ということで宮型のデザインが考案されました。

それは、伝統的な『お宮』の造形を施すことで、

民衆心理と折り合いをつけてきました。

江戸期の葬列は夕暮れ時にひっそりと行っていました。

19世紀後半は、都市の葬列が大変賑やかになり、供行列の奴(やっこ)たちが、

様々な芸を披露し、音楽を奏で旗やのぼりが材立し行列を彩っていました。

これは、大名行列という華麗な行進を明治以降大名行列がなくなったのを機に

裕福層が葬列を演出しました。

この富裕層の派手な葬列の欲望が簡素な輿を賑やかな宮型に変え、

歩行列が出来なくなっても宮型霊柩車に思いを託しました。

この人たちが、現在の霊柩車の原形を作ったと言われています。

2018.11.04

霊柩車のクラクションの意味?!

 

葬儀の出棺の際に、霊柩車がクラクションを鳴らすのはなぜ?と

一度は思われたことがあるのではないでしょうか?

会場に響き渡る「パァーッ」という警笛。

故人との今生の別れを告げる音のように感じますが、

このクラクションの音、どうして鳴らされるようになり、

またどんな意味があるのでしょう?

一般的には、火葬場まで一緒に行けない人に対するお別れの合図として鳴らされています。

その由来は、昔の葬列、いわゆる野辺送りにあると言われています。

野辺送りでは、霊が成仏して再びこの世に戻ってこないよう、故人が使っていた

茶碗を割る‘茶碗割り‘という風習がありました。

クラクションはその割る音の代わりとして鳴らされるようになったのではないかと

言われています。

野辺送りの由来説は、いずれも確証があるわけではないので、他の説もあります。

「葬列の先頭で、僧侶がお経をあげながら鳴らす鐘や太鼓の音の代わりではないか」説

「葬列で僧侶が持つ引磬(いんきん・握りが付いた小さな鐘)の音が転じたのではないか」説

といろいろと説はありますが、あのクラクションには長い歴史を持つ仏教の因習の

名残があるように思えてなりません。

昔の伝統、風習など理由がわからないものがありますが、そうしないといけないと

思い込み、やっているものも多いのではないでしょうか?

物事には、何事も意味がある。

今まで知らなかったことが分かれば、また違った景色に見えるのではないでしょうか。

2018.04.08

花まつり

 

4月8日はお釈迦さまの誕生日。

神戸文化ホールで行われたお釈迦さまの誕生を祝う

祝賀市民大会「花まつり」に初めて参加してきました。

どんな内容かは諸先輩方から聞いていたので、

およその見当はついていたものの、やはり実際見るのと

聞くのとでは違う印象でした。

灌佛式典(灌佛とは甘茶を誕生仏(子供の御姿をしたお釈迦様)に

かける事)では、合唱や読経、諸作法・挨拶など行われましたが、

一番印象に残っているのは保育園児2名の挨拶ですね。

恐らく何日も前から一生懸命話す内容を暗記してきたのでしょう。

沢山の大人の前で堂々と2人声を合わせて話す姿は、

感動すら覚えました。

「人に優しくしましょう、お互い助け合う人間になりましょう、

助け合う社会を作っていきましょう」なんて事を純粋無垢な園児が

一生懸命マイクに向かって話をしているのを見ていると、

「うん、そうやね。その通りやね」と思わず言葉に出してしまいそうでした。

初めて参加した「花まつり」

独特の雰囲気を感じながら、子供の一生懸命さに心洗われるようでした。

こういう事を感じさせてもらえたのも、お釈迦様のお陰なのかなと

感じた「花まつり」でした。

2018.03.27

公詢社ブログ始めました。

皆さまこんにちは!

この度、公詢社ではホームページのリニューアルに伴い ブログをスタートすることになりました。

公詢社が日々故人のご葬儀を行っていく中で、身についたノウハウやHow To、葬儀に対する姿勢を書いて行ければ良いと考えています。

ブログの話題はカテゴリー分けをして、「葬儀一般」「葬儀のポイント」「法要・葬儀後について」「お仏壇・暮石霊園」「その他」としてブログを書いて行こうと思います。

またブログで書いたノウハウやHow Toは、後々 ホームページ上の「よくあるご質問」コーナーに蓄積をしていき、進化するホームページを目指しますので、ご期待ください。

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