公詢社ブログ 葬儀屋のつぶやき

2018.08.04

心に残る詩

 

人を動かす言葉

勇気づけられる言葉

言葉ひとつで人は喜んだり悲しんだり

言葉には不思議な力があるものです

いのちの詩人とも言われる相田みつをさんの詩は素直に心に入ってくる

弊社 兵庫区の会館 “フューネラル神戸 四季”の受付にも相田みつをさんの作品を飾っています

【 自分の番  いのちのバトン 】

父と母で二人

父と母の両親で四人

そのまた両親で八人

こうしてかぞえてゆくと

十代前で 千二十四人

二十代前では ― ?

なんと百万人を超すんです

過去無量のいのちのバトンを受けついで

いまここに 自分の番を生きている

それがあなたのいのちです

それがわたしのいのちです

           みつを

なるほど と思う詩ですよね

親から子へ いのちのバトンを受け継いで

いま 生かされている事

いま 一生懸命生きる事

改めて命の尊さ大切さを考えさせられます

葬儀とは『命の伝達式』なのですね

2018.08.01

 

夏と言えば、夏祭りや海水浴、かき氷、花火など色々と思い浮かびますが、

私は夏を一番感じるのは「蝉の声」です。

家の木から蝉の声が聞こえ始めると、夏が来たなあと毎年思うものです。

人によっては騒音にしか聞こえない方がいるかもしれませんが、

子供の頃からずっと聞いてきたものとしては、うるさいと思うよりも

なくてはならないものです。

夏の風物詩ですよね。

その蝉について少し掘り下げてみると、蝉は長い間土の中にいて、

地上に出てきたら一週間ぐらいしか生きれないと思っている方が

多いのではないでしょうか。

実際は、一か月から一か月半程は生きているそうです。

蝉は種類にもよりますが、3年~17年程土の中で過ごし、それから地上に出てきて

成虫になる準備を行います。

土の中でも地上へ出ても危険がいっぱいの中、それでも生き抜いた成体のみが、

あの鳴き声を発声することが出来、次の世代を残すためにその短い一生を

必死でいきています。

こういう事を知っていれば、普段聞いている蝉の声も必死で生きている

「魂の叫び」だなと思えてきますね。

蝉も与えられたその生を一生懸命全うしようとしています。

我々人間も生かされている事を感じながら、一日一日大切に

過ごしていくべきだと感じさせられました。

2018.07.15

死刑

オウム真理教 麻原彰晃の死刑が実行されました。

 

色々な意見はあることでしょう、しかし大多数の国民感情は「是」なのではないでしょうか。

 

どんな人でも、その最期に関わるのはやはり葬儀屋です。

 

刑場から誰かが搬送し、誰かが棺に納め、誰かが火葬場へ送り届ける。

 

そしてそれぞれの場面で、携わった葬儀屋さんはきっと「手をあわせた」はずだと思うのです。

 

被害者、そのご家族にそれを求める事はできないでしょう

 

もし自分がその現場にいたなら…やはり手をあわせた事でしょう。

稀代の犯罪者とはいえ、それが目の前のご遺体に対する「敬意」だと思うのです。

 

我々が手をあわせるって、そういう事だと思っています。

 

否定でも擁護でもありませんが

同時に執行された6名の御霊にも 合掌

2018.06.30

最後の朝

 

朝一番 故人が好きだったコーヒーをお供えしようと

式場に入ると、柩に寄り添う息子さんの姿を目にしました。

恐らく昨夜からずっと側にいたのでしょう。

いったん下がりコーヒーをもう一杯入れて

息子さんのもとへお持ちしました。

「良かったらお母様と一緒に飲まれませんか?」

息子さんは立ち上がり、

「おかん、コーヒーやで!おかんの好きなコーヒーや!

 一緒に飲もな」と柩の上にお供えされました。

母と子、2人で過ごす最後の朝。

コーヒーを飲みながらどんな話をしたのでしょうか。

しばらく2人きりでひと時の時間を過ごされました

2018.06.29

いい言葉

 

ある喪家様を訪問した時のお話

仕事に遊びに家族に一生懸命のご主人。

奥様とご主人との想い出話の中で、

一番気を引いたのが、旦那さんの信条である

「どんなに悪い人でも1つは必ずいいところがある

 悪い所ではなく、いい所を見て人と付き合ってきた」

という言葉。

ご主人は、亡くなるまでその言葉通り生きてこられました。

奥さん曰く、「勿論、それで騙されたりしたことも何度もあった」と。

それでも、「人間が好きや」

とその生き方を貫かれてきました。

最後まで人を信じぬく事、自分の信念を貫き通す事、

なかなか出来ることではありません。

ご主人に対して、尊敬の念を抱くとともに、

このお話をして下さった奥様にも感謝です。

2018.06.19

 

縁(えん)

【意味】

1.仏語 結果を生じる直接的な原因に対して、間接的な原因。

    原因を助成して結果を生じさせる条件や事情。

2.そのようになるめぐりあわせ。

3.関係を作るきっかけ。

4.血縁的・家族的なつながり。

5.人と人とのかかわりあい。

先日、お客様を訪問した時に、「縁」についてお話して下さいましたので

ご紹介致します。

そのお客様は、常日頃より「縁」というものを凄く大事にされており、

たとえ少しのかかわりであろうと丁寧な応対を心掛けておられるそうです。

それは、今はほんの少しのかかわりでも将来それがきっかけで

深い付き合いになるかもしれないからです。

例えば、電車で席を譲った方や役所や銀行等の待合せ室で

たまたま隣合せになった方がその時はその瞬間でのかかわりだけでしか

ないかもしれませんが、この後深い付き合いになったり、身内になるかもしれない。

そう思って今までの人生を送られて来られました。

「目に見えない糸」で繋がっている、そう表現されてました。

もう一つ教えて頂いたのが、

「袖振り合うも他生(多生)の縁」という言葉。

意味は、袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、

前世からの因縁によって起きるという意。

私も知っていましたが、勉強足らずで情けないことに

「袖触れ合うも多少の縁」だと思ってました。

今日からは間違えることなく使っていきます。

お客様との会話は本当に勉強になります。

このようなお話をして頂くことに感謝です。

このお話を聞けたことも「縁」ですね。

2018.06.15

柩にメッセージ

 柩の中で眠るお母様のそばから離れない子供

葬儀がはじまる前 私は子供に声をおかけしました

「お母さんへの想いを柩に書いてみては?」と

その言葉にうなずき すぐに行動に移した

それを見た親族が続いて柩にメッセージをつづった

全員が書き終えた柩には もう隙間もないくらい

ぎっしりと『想い』が埋め尽くされていました

「神戸のお葬式ではこんなことをするのですか?」

ご親族の方が尋ねてこられた

私はただ「家族の想いを故人に届けたかっただけです」

と答えました

そのメッセージと共に儀式は粛々と執り行われました

きっと皆様の想いは故人に届いていると 私は信じています

2018.05.08

哀愁漂う念仏

 先日 ある葬儀を担当しました

その葬儀をお勤めして頂いた浄土真宗 本願寺派の寺院

この寺院のご住職は もともと石川県金沢市でご住職をされていたそうです

それが15年前に縁あって 神戸にあるお寺の住職を勤めるようになったそうです

それからは神戸を中心に活動されているのですが

このご住職は お葬式の導師を勤める際は 必ず最初に「路念仏」(じねんぶつ)を読まれるそうです

この「路念仏」とは「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・」と節を付けて読むのですが

昔でいう野辺送りの際に斎場までいく道中で勤められていた念仏だそうです

節にもいろいろあるようで 特に大きく分けて 京都の本山で使われる節

奈良地方で使われる節・北陸地方で使われる能登節と3つあるそうです

この度の導師は 金沢で勤めていたご住職なので 北陸地方の能登節で「路念仏」をするそうです

ご住職が言われるには 北陸で使われる能登節が物凄く情緒豊かで哀愁が漂い

大変良い節だそうです

お葬式では 導師が入場され着座する前に まず帰敬式をされ 続けて路念仏をされました

ご住職が言われるように 聞いていると確かに情緒豊かで哀愁漂う何か懐かしい感じがする

大変良い居心地がする念仏でした

神戸の他の寺院ではあまり路念仏をしなくなったようですが このご住職はよくご遺族ご親族から

「路念仏をしてください」と頼まれるそうです

お葬式も野辺送りなど 昔から考えると大きく変化をしてきました

この路念仏 他の節回しなどがあるようなので また是非聞いてみたいと思いました

皆さんも路念仏を拝聴する機会がありましたら 一度目を閉じてじっくりと聞いてみてください

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